心筋梗塞 myocardial infarction




概念

冠動脈の循環障害に起因する高度の虚血により、心筋組織が不可逆的細胞障害(壊死)をきたした病態をいう。

分類
  • 急性心筋梗塞
  • 陳旧性心筋梗塞
  • 貫壁性心筋梗塞
  • 非貫壁性心筋梗塞 non-Q-wave
    壊死巣が心内膜から心外膜面まで貫通していないもの。
病因
  • 冠動脈硬化による閉塞あるいは狭窄
  • 冠動脈スパズム
  • 冠塞栓
  • 心室細動、心房細動
    心房性不整脈による心拍数増加と心拍出量の低下。
検査所見
  • 心電図
    • ST上昇
      再分極の過剰からST部の上昇を招く。本当はTQ部の下降であるが、心電図では直流的な電位変化は描けないから、TQ部下降は補正されてST部上昇として記録される。
    • 冠性T波の出現
      下向にとがった大きな左右対称性の陰性T波が出現する。
  • 心エコー
  • 心筋シンチ

急性心筋梗塞 acute myocardial infarction, AMI

概念

アテローム性動脈硬化によって冠状動脈が閉塞して生じる心筋の虚血性壊死をいう。激しい胸痛で発症し、特異的な心電図所見と心筋逸脱酵素の上昇を特徴とする。

発症のごく早期(2時間以内)に致死的不整脈や心原性ショックを併発し、死亡することも稀ではない。

病因
  • 動脈硬化
    脂質性プラーク1) lipid plaques 内で新生血管の破綻による出血が生じ、これが塞栓となって心筋梗塞を惹起する。
  • 危険因子
    • 喫煙
    • 糖尿病
    • 高脂血症
症状
  • 胸痛(30分以上継続する激しい胸痛)
    締め付けられるような重い胸痛が突発し、しばしば背中や肩に放散する。
    ただし無痛性心筋梗塞もある。(高齢者や糖尿病患者にみられる)
  • 嘔吐や冷汗
  • 心不全症状
    抹消循環障害による四肢末端の冷感を訴える。
  • 心音所見
    • 第4音の聴取
      心尖部で聴取される異常心音である。左心室のコンプライアンスが低下したために代償的に心房が収縮して駆出された血流が心室壁に衝突するさいの音である。
    • 心膜摩擦音

狭心症発作と異なり、硝酸薬投与でも症状は改善しないのが特徴である。

検査所見
  • 心電図所見2)〜6)
    初期には明らかでない場合が約半数で、経過を追ううちにST上昇 → T波陰性化 → 異常Q波 → 冠性T波7)の順で異常所見が出現する。
  • 脚ブロック
  • 心室性期外収縮
    心室性頻脈を誘発することがあるので要注意である。
  • 心筋逸脱酵素の測定
    心筋壊死によって心筋から血中に遊出してくる酵素の活性を検出する。

    • ミオグロビン
      発症早期より上昇するが、特異性は低い。
    • CK上昇
      発症後24時間頃にピークとなり、3日後には正常値に戻る。

      • CK-MB上昇
        心筋特異性が高く発症後数時間で上昇するが、24時間程度で正常値に戻る。
    • AST上昇
      肝細胞と心筋をはじめとする筋細胞に多く含まれ、アミノ酸と糖代謝を架橋する。
    • トロポニンTの上昇
      本タンパクはCK-MBや心筋ミオシン軽鎖とともに心筋特異性が高い。ミオグロビンほどではないが発症早期から上昇し、発症後数日間にわたって高値を示し続ける。
    • LDHの上昇
      発症後24時間ほど経ってから上昇し、1週間ほど持続する。分画ではLDH-1がLDH-2よりも上昇する所見 flipped pattern が特徴的である。
  • 心筋シンチグラム
    タリウムシンチでは心筋壊死部の血流途絶を反映して、その部位がアイソトープの集積欠損像 cold spot として描出される。一方、99mTcピロリン酸シンチでは正常心筋には集積せず、急性心筋梗塞巣に集積して hot spot を形成する。
病理所見
  • 心筋の凝固壊死 coagulation necrosis
    • 横紋の消失
    • 筋繊維の融解
  • 心筋線維の波状化 wavy fiber pattern 8)
  • 心筋線維の間に好中球が浸潤する
  • 心筋梗塞の際に、心筋に生じる変化
    • 直後
      まずグリコーゲンを消耗し、やがて細胞質、特にミトコンドリアの浮腫が生じる。
    • 5時間後:
      心筋は伸長し、凝固壊死する。核ははじめ腫大しやがて消失する。
    • 10時間後:
      間質への好中球の浸潤が盛んになる。心筋にはwavy fiber patternが見られる。
    • 3週間後:
      好中球は消失し、壊死心筋組織が肉芽組織となって線維化する。

急性心筋梗塞合併症

不整脈

洞房結節および房室結節は右冠動脈に支配されるので、右冠動脈すなわち下壁梗塞に合併することが多い。心筋壊死、心不全とそれに伴うアシドーシス、自律神経系の異常などによって誘発される。さらに不整脈が心不全を増悪させるという悪循環を形成する。

  • 頻拍
    • 心室性期外収縮
      心筋壊死に伴なって心筋自動能の亢進・伝導障害・再分極・交感神経の刺激亢進などが生じ、これらが心室性期外収縮に由来する頻拍を招く。しばしば壊死部が原発部位となる。
    • 心室細動
  • 徐脈
    • 洞性徐脈
      洞房結節への血流障害に起因する。
  • 伝導障害
    下壁梗塞も前壁梗塞もともに伝導障害をきたしうる。しかし左冠動脈前下行枝はHis束をはじめ左脚や右脚を栄養しているので、下壁梗塞に合併する房室ブロックに比べて重篤な不整脈を伴ないやすい。

    • 房室ブロック
      右冠状動脈が閉塞した場合は、洞房結節の虚血による徐脈や房室結節の虚血による房室ブロックが生じる。
    • 右脚ブロック RBBB
      右脚は左冠動脈の前下降枝LADに支配されるから、前壁梗塞によって発症する。
心臓性肺水腫

左心不全によって左心が血液を駆出できないと、肺の鬱血により肺毛細管圧が上昇し、肺水腫を招く。症状としては起坐呼吸や心臓喘息などの呼吸困難が現れる。

心原性ショック cardiogenic shock

心拍出量が急激に減少したために全身の循環不全が生じる。

  • 脳血流の減少による脳梗塞
  • 急性尿細管壊死による急性腎不全
心破裂

初回の貫壁性梗塞や高血圧を基礎に持つ症例に生じやすく、経過が急激であるため救命は困難である。危険因子は高血圧の持続をはじめ高齢者・ST再上昇・胸痛などである。

心筋梗塞後症候群, Dressler症候群

貫通性梗塞の場合に、壊死細胞由来の自己抗体に対する免疫応答が生じ、線維素性心外膜炎を生じたもの。

心室瘤 ventricular aneurysm

梗塞を起こした心室壁が心内腔からの圧力によって外方へ膨張したもの。

脳塞栓

特に前壁梗塞や左心室内血栓が見られる場合には発症の危険が高くなる。

乳頭筋不全

下壁梗塞後に僧帽弁の腱索が断裂し、乳頭筋不全によって僧帽弁閉鎖不全症となる。心筋梗塞後から3∼5日目頃に生じやすい。

心室中隔穿孔

前壁梗塞に生じやすく、心室中隔欠損と同じ病態となる。

 

急性心筋梗塞の治療

薬物療法
非薬物療法

再疎通療法の golden time は6時間以内であるので、急性心筋梗塞を疑わせる症例で発症後6時間以内であれば冠動脈再疎通療法のできる施設に搬送することが必要である。

原則として全例に2∼5ℓ/minの酸素吸入を行なう。胸痛が強い場合には塩酸モルヒネ5∼10mgまたは塩酸ブプレノルフィン(レペタン)0.2mgを静注する。

  • 経皮的冠動脈形成術 PTCA
    心カテーテルを冠状動脈に挿入し、狭窄部位でバルーンを膨張させて血管を拡張する。器質的狭窄のある症例に対して用いられるが、左主幹部閉塞に対しては禁忌となる。侵襲が少ないという利点があるが、高率に再狭窄を生じるという短所をもつ。
  • 大動脈-冠状動脈バイパス術 CABG
    主要冠状動脈に高度な器質性狭窄があり、狭窄部位の抹消が十分に太く、狭窄部以下の心筋が壊死に陥っていない場合に適応となる。特に左主幹部狭窄ではPTCAが禁忌であり、突然死の危険も高いため、絶対適応となる。グラフトには内胸動脈がよく用いられる。
  • 冠動脈内血栓溶解療法 ICT 9)
  • 大動脈内バルーンポンプ法 IABP10)
    大動脈内にカテーテルを挿入し、バルーンを収縮期に虚脱させて左心室の仕事量を軽減し、拡張期に膨張させて冠動脈への血流量を増加させる。

参考)東洋療法学校協会編, 臨床医学各論 第2版; p.210-212(循環器疾患 – 冠動脈疾患 – 心筋梗塞)
参考)医学教育出版社, 新・病態生理できった内科学 1 循環器疾患 第2版; p.174-183 (冠動脈疾患 – 心筋梗塞)
参考)医療情報科学研究所, 病気が見える vol.2 循環器 第3版; p.94-101 (虚血性心疾患 – 急性心筋梗塞)

1) 上田真喜子, 成子隆彦, 動脈硬化プラークの安定性と破綻, 血栓止血誌, 1997, 8(3), p.226-228
2) 秋山俊雄, 心筋梗塞と虚血の心電図 I. 立体角理論, 心電図, 2010, 30(3), p.247-255
3) 秋山俊雄, 心筋梗塞と虚血の心電図 II. 立体角理論とST-T波異常, 心電図, 2010, 30(4), p.312-326
4) 秋山俊雄, 心筋梗塞と虚血の心電図 III. 立体角理論とQRS波形異常, 心電図, 2010, 30(5), p.411-424
5) 秋山俊雄, 心筋梗塞と虚血の心電図 IV. 前胸壁上の異常波形分布, 心電図, 2011, 31(1), p.65-80
6) 秋山俊雄, 心筋梗塞と虚血の心電図 V. 心筋梗塞心電図の経時的変化, 心電図, 2011, 31(2), p.167-188
7) 傅 隆泰, 渡辺 坦, 加藤 和三, 研究 冠性T波の成因, 心臓, 1974, 6 巻, 3 号, p. 307-319
8) Bouchardy B, Majno G. Histopathology of early myocardial infarcts. A new approach. Am J Pathol. 1974;74(2):301-30.
9) 滝沢 明憲, 永尾 正男, 山本 一博, 占部 健, 青島 重幸, 玄 武司, 空地 顕一, 田上 哲也, 臨床 急性心筋梗塞におけるPTCA療法と冠動脈内血栓溶解療法の比較検討, 心臓, 1988, 20 巻, 5 号, p. 548-553
10) 片桐 敬, 急性心筋梗塞の診断と治療, 昭和医学会雑誌, 1994, 54 巻, 4-5 号, p. 221-232